木漏れ陽のきらめき、風の優しい声、大地の温かさ… 日々の暮らしの中に、豊かな感性の種は隠れています。家づくりは、そんな感性の種が活かされる場です。自由な発想で創り上げるアート空間を、住まいに組み込むことによって、家づくりの工程そのものが、家族の楽しいイベントにもなります。必要なのは、ちょっとした遊び心。家族の絆も、建てた家に対する愛着も深まっていき、そこでの暮らし方まで変わってきます。そんな魅力満載のアートパワーについて、一級建築士でありアーティストでもある縣孝二さんにお話を伺いました。
縣さんは、建築士として、自然とアートをコンセプトに住宅や各種施設の空間設計デザインを行なっていらっしゃいますが、同時にアーティストとして、多くのアート作品も発表されていますね。アートのある家がもたらす効果についてお聞かせください。
画家志望だったこともあって、建築物にアート作品を取りこむことは、私にとっては極自然なことでした。遊びのない空間は、バランスが悪いというか、どうも居心地が悪いんです。
人間にとって、一方に偏った空間というのは不自然な環境だからでしょうか。最近は、非常に高性能で、無駄のない住宅が当たり前になっていますが、あまりにも無駄をそぎ落とされた住宅は、落ち着きません。温かみというか、ほっとする部分が欲しいと思うのです。これからますます機能重視、性能重視の家づくりが主流になっていく中で、ぽんとひとつ置くことで、周りの空気をがらっと変えてしまうアート作品の存在意義は大きいと言えます。池に小石を投げ込んだ時のように、家中に「ゆとり」という波紋が広がっていきます。「遊び」があるから安全に運転できる車のハンドルのように、家も、無駄と思われている「空間」や「もの」の存在によって、人が精神的に安定した、円滑な人間関係を築いていける場所にしてくれるのです。
時計の振り子のように、右に触れたら左に触れるというのが自然の摂理です。合理的な暮らしを追求するあまり、お金にならない無駄に思えるものを切り捨てていくと、バランスが崩れ、気持ちや心がスムーズに、豊かに動かなくなってしまいます。ストレスの多い世の中だからこそ、家はほっとできる場所であって欲しいですよね。だからこそ、一見無駄にみえる「ゆるみ」が必要なんです。しかしこれが意外と難しい。そこで、アートの力を借りようというわけです。その日の出来事や体調で、気持ちをコントロールするのが無難しい時でも、家の中や庭に取り込んだアート作品に触れることによって、ほっとひと息つき、自分を取り戻すことができます。意識しないまでも、実際そのような経験をなさっている方もいるのではないでしょうか。
住宅空間での「遊び」というのは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
3年前、住宅を新築される際に、家の守り神になるような彫刻が欲しいと言われた方がいました。そこで、私の友人で彫刻家の神林學さんに十二神将のバサラ将軍の彫刻を創ってもらい、玄関の目隠し用壁をくりぬいて据えました。十二神将とは、薬師如来の世界とそれを信仰する人々を守る大将で、それぞれの部隊が7000人の部下を引き連れて守っています。LEDランプでライトアップもしました。家の中に邪気が入ってこないように守ってくれている勇ましいバサラ将軍の姿に、お施主さんも大満足され、以後神林さんの大ファンになりました。現在も、玄関でその彫刻を見る度に、安心感を覚えると仰っています。
また、アートとして、玄関のドアノブに本物の木の枝をくりぬいてつけた方もいます。防犯上の理由もあり、ドア本体はアルミ製ですが、最近のプリント技術は非常にレベルが高いので、見た目は木製ドアのようです。しかし、ドアノブだけでも本物の木で遊んでみようということで、取り付けました。本物の木は、使い込んでいくと色艶も良くなり、味のあるいい感じのドアノブになります。この他にも、ご自分で作ったステンドグラスを組み込んで、自然の光を部屋の中に取り込む家を造った方もいました。
遊び心というのは、数値で表す価値観とは対極にあるもので、評価や規制といったあらゆる縛りを飛び越えて、人間の創造を助けるものです。数年前、美術教育にとても熱心だった中平先生の招きで、長野市内の中学校で行われたアートプロジェクトに参加して、子どもたちと一緒にアート作品を創りましたが、目を輝かせ、楽しそうに作品創りに没頭していた子どもたちの姿は非常に印象的でした。こうした経験を積み重ねていく中で、子どもたちの好奇心や豊かな創造力、多角的なものの見方など、生きていく力が育まれていくのだと思います。
アートのある暮らしの良さは分かっても、費用がかかるのではないか、あるいは自分にはアートセンスがないからといって諦めてしまう人もいます。何か良いアドバイスをいただけませんか。
一番手軽に遊べるのは照明器具です。気に入った包み紙や枯れ木、蔓といったものでランプシェードを創ってみるとおもしろいですよ。小屋に眠っているガラクタの山も、アートする眼で見ると宝の山に見えてくるから不思議です。また、布を使って家の中に仕切りを作る、という方法もあります。それだけで特別な空間を創れますから面白いですよ。
「アートに泊まる」 プロジェクトに参加した時、私は『森に眠る』というタイトルで、客室を改装した作品を発表しました。これは部屋の中にテントを張って、その中で眠るというものです。発想の根底には子どもの頃使っていた蚊帳があります。部屋の中に蚊帳を張るだけで出現する異空間。その中に入るとなぜか落ち着く不思議さ。今でもその感触はリアルに蘇ってきます。この作品では、そこからさらに進めて、十二単のように空気層を作って断熱する重ね着住宅をイメージしました。外皮は堅いものでしっかり作らなければなりませんが、守られた部屋の中で、幾重にも布を重ねた空間をつくり、その中心で眠る。もしかしたら、母親のおなかの中に戻ったような安心感が得られるかもしれません。
日本の住宅は、かつてどこの家にもあった縁側を取り払い、廊下を極力造らず、無駄のない居住スペースを確保する方向で進んできてしまったように思います。狭い敷地に家を建てる際の工夫だったのですが、その過程でゆとりも失ってしまい、コミュニケーションの場も奪われていきました。しかし実は、狭かったり、予算が限られていたり、古かったりするからこそ、アートの出番なのです。特に現代もののアートは、古いものの方が似合います。リフォームを考えているような古い家こそ、アートが活きます。ですから、古い、不便だと言って、せっかくなじんでいるものを全て捨て去ってしまわないで欲しいですね。不便なところは直せますが、一度捨ててしまったものは取り返しがつきません。大事なものを捨てて、もったいないことをしてしまう前に、もう一度、アートの目で家中を見回してください。そして、ただ古いものを墓碑銘のように置くのではなくて、どうしたらもう一度命を吹き込むことが出来るかを自由な発想で考えて欲しい。その過程こそがアートの醍醐味ですから。古いものが過ごしてきた時間や重さがどんと備わっているところに、新しいポップな現代アートを置くと、これが絶妙なコントラストを生み出し、非常に美しい空間が出現します。時代の違うもの、質感の違うものをある空間に放り込み、両方を光らせることによって、命が蘇ったり、吹き込まれたりするからです。ですから機能的で合理的な家にアートを組み込むと、バランスがとれて命の温もりを感じる面白い家にすることができます。
縣さんのお話を伺っていると、家造りがとても楽しく思えてきますが。
家づくりに取り組んでいる人から、よく「疲れちゃった」という声を聞きます。これはとても残念なことです。せっかくの楽しいイベントですから、もっと楽しいものでなくてはいけません。予算が限られていても、お金を使わず頭を使えばいいのです。むしろその方が面白かったりもします。
本来、家は買うものではなく、楽しくつくるものです。時間がないから出来ないと思っている人でも大丈夫。私の場合、それまで家を造りたいと思って集めていた資料や切抜きをいただければ、それをもとに膨らませたアイディアをお見せし、それについてのお施主さんのご意見やアイディアを投げ返してもらいます。そういうキャッチボールを納得がいくまで繰り返し、自分の家を造って行って欲しいと思っています。
設計士さんに全てお任せするのではなく、サポートしていただきながら一緒に家をつくっていく、という主体性を持つことによって、家族みんなが家づくりを愉しむことができるということでしょうか。
はい。住宅としての基本的な性能や安全性は、設計士がきちんと確保しますので、お施主さんは、自分らしい家にするために、大いにアートして欲しいと思っています。
最後に、アートなんかしなくても家は建ちますし、人も生きていけます。しかし、アートの無い生活はつまりません。無駄や、遊びが、人の心にゆとりと優しさをもたらしてくれると、私は信じています。是非、アートに関心を持って、家族との貴重な時間を過ごす家を、温かなぬくもりのあるワクワクするような居場所にしてください。
設計室「空」 代表 縣 孝二/一級建築士、アーティスト
「空間設計家」として、建物の設計(犬小屋からビルまで)から空間アート(ホテル客室のアート作品化や廃材を使った前衛茶室の制作など)まで、アートと設計の境界を越えた設計制作活動を続けている。活動範囲は全国。
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